1. HOME
  2. ブログ
  3. 人類をタレントに!そのミッションを僕が掲げるまでのお話。【小島領剣(28)】

人類をタレントに!そのミッションを僕が掲げるまでのお話。【小島領剣(28)】

【今回の記事について】
TikTokプロモーション事業をメインで運営されている株式会社Natee代表の小島 領剣様にお話を伺いました!
学生時代から、ものすごく強い芯のようなものを持たれて活動してらっしゃるなと感じました。何かをとことん思考し、周辺情報をインプットし、自分の人生を何に燃やすのかを徹底的に考え抜いている方はそう多くはないと思います。

小島さんはまさにそれができている方であるとインタビューをしていて感じたので、ぜひ参考にしてみてください!
※小島さんのTwitter⇨https://twitter.com/RyoukenK

【記事本文】

インタビュアー:よろしくお願いします!Zettyが、Z世代の方々向けの等身大メディアというものになっていまして、ぜひまずは「小島さんがどういう学生だったか」を知りたいので、高校時代の話からお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?

小島さん:僕は静岡県にある高校に通っていたのですが、高校1年生の頃から「ハンドボール部」「勉強」そして「応援団」の3つの活動でひたすら忙しくしていました。
特に、応援団という団体の活動が記憶に残っていますね。

少し特殊な団体で、各クラスから2名ずつ選出されて各種部活動やイベントなどの応援をする、という活動をしていました。
この応援団というものが体育会の権化とでもいうのでしょうか、様々な組織の中心にあるような状態でしたね。(笑)
ここに所属して3年間やっていたという点でいくと、かなり異質な高校生活を送っていたように思います。

活動自体はとても大変ではあったのですが、ここで上下関係や社会人としても非常に役立つ考え方や立ち振る舞いを学びました。

応援団に所属する小島さん。

インタビュアー:実は私も静岡の高校に通っていたので、「応援団」の異質さは理解できているつもりです。(笑)あの厳しい団体で3年間活動を続けられただけでも、相当な精神力がついていそうです。。。勉強の方はどうでしたか?

小島さん:もともと知的好奇心がものすごく強いタイプで、勉強もしっかりとやっていましたね。
大学受験の時は東大を狙っており、受験が終わった後は「よっしゃ絶対合格だ」と信じて疑わずに、すぐに東京の下北沢に家も借りました。

が、面白いことに合格発表の3日前に、東大に通う兄が夢に出てきたんです。(笑)その夢の中で僕は兄に「浪人して東大行くか、現役で早稲田行くの、どっちがいいと思う?」と質問していて、兄は迷うことなく「現役で早稲田だろ」と言いました。(笑)

「不吉な夢だな」と思って3日後を迎えたら、ものの見事に東大は不合格で、早稲田に現役で通うことになりました。
家はすでに契約しちゃっていたので、決して近くはない下北沢から早稲田に通うようになりましたね。(笑)

インタビュアー:面白すぎます。(笑)早稲田が決まった時の入学前の長期休暇はどんなことをされていたんですか?

小島さん:その当時は、震災が起こった年で、「震災で被害を受けた方々のために何かしたい」という思いから、募金活動などを懸命に行っていました。あとはある種東大に落ちたことへの裏返しじゃないですけれども、「早稲田の早稲というのは早く成熟する10%のイネのことを指す」という話を聞いて、僕の中で「絶対早稲になってやるぞ!」と、留学に備えてTOEFLなどの勉強に燃えていました。

ところが大学1年生になってからの数ヶ月は意識こそ高いものの、それまで高校生活を本当に忙しく送っていたこともあり、そのギャップから幽遊白書(アニメ)ばかり見るような時期を送りましたね。

その自堕落な生活をある先輩に指摘されハッとし、友人とフットサルサークルを立ち上げたり、古典書などを読むのもすごく好きだったので、そういった書物を読むことにも時間を割いていました。

あと印象に残っている活動といえば、僕は国際教養学部という、いろんな国籍の方、それこそ100カ国以上の国籍の方が集まるような学部に在籍していたので、その人たちのバックグラウンドや宗教・価値観を知りたいと思ってコミュニケーションを取るような学生生活は送っていました。

早稲田に入学した小島さん。

インタビュアー:なるほど。お話を聞いていると、すごく勉強好きなのかなーとお見受けしました。

小島さん:んー、勉強好きというよりも、もともと知的好奇心が強いタイプなんです。点数を取ったり成績がどう、というのはあまり興味がなくて、「知識・知恵を身につけること」に対しては昔から貪欲だったように思いますね。

大学2年生になってからは、学部の特性上2年の夏からアメリカのカリフォルニアに1年間留学をしていました。

ただ、カリフォルニアって結構日本人の方が来やすい地域なんですよね。僕が留学していたカリフォルニア大学も留学生を積極的に受け入れているところだったので、僕と同じ時期に留学した日本人だけでも50人くらいいました。
すると、やっぱり「日本人は日本人グループに属す」みたいなことが起こるんですね。僕これがめちゃくちゃ嫌で。。。(笑)
留学3日目で、言葉通り「じゃっ!」という感じで日本人がいるグループからは距離を置いて、現地の方とだけ交流するようにしました。

留学先での小島さん。

インタビュアー:留学生の鏡!!(笑)

小島さん:当時はホームステイだったのですが、そこもすぐに出て現地の若者しかいないシェアハウスに住むようになりました。1LDKに6人で住んでいたので、部屋はもうギッチギチでしたね。(笑)
でも留学している人、する人がこの記事を見てくれるなら、そういった留学先でしかできない選択を取ることを強くオススメします!

僕は全然英語が得意、って感じでもなかったので、ひたすらキャンパス内で「ランチ一緒に食べようよ」という感じで英語で声をかけたりもしていました。
無視されることも普通にあってなかなか苦しかったのですが、そのおかげでメンタルも鍛えられましたね。

留学時は特に起業したりとかって気持ちもなかったので特別な活動をしたりということはなかったです。
ただ、そのシェアハウスや現地の友達といろんなテーマについて1年間たくさん議論したのは、本当によかったです。

例えば、今のNateeという会社では「人類をタレントに。」というミッションを掲げていますが、この考えの根底にある価値観を持つきっかけの1つがこの留学なのです。

「ルイス」という仲良しなメキシコ人の友達がいたのですが、ものすごく過酷な環境で生まれ育ったので、生きることそのものにとてもハングリーなんですね。
生まれた家庭も決して裕福ではなかったため、空腹を紛らわせるために小さい頃からサッカーをやっていた、みたいな。
ハングリー精神が異常で、サッカーで言えばベッカム氏が移籍したチームの最終合格の1歩手前まで行った、みたいな上手さでした。

でも、そんな過去を感じさせないほどに、いつでも楽しそうだったんですね。日本の当たり前の水準から見たら「貧しい」と思える過去や暮らしでも、彼は本当に幸せそうで、僕にたくさんのことを教えてくれたんです。
あるあるかもしれませんが、それを言葉じゃなくて実体験として触れることができたおかげで、「ああ、生きるってこんなに自由でいいんだな」と心の底から思うことができるようになりました。

そんなこんなでいろんな人と議論しまくる留学生活を送り、終盤では「りょーけん、お前はアメリカ人よりアメリカ人らしいな」なんて言われるようになったり、自分が輪の中心にいながらアメリカンジョークで場を回していた時はとても嬉しい気持ちになりました。(笑)

留学1年を終えて帰国する時には、一緒にいた仲間達がみんな空港まで見送りに来てくれて、「じゃあな!」って感じで飛行機に乗り込んだものの、飛行機内ではやっぱり泣いちゃいましたね。(笑)

インタビュアー:めちゃくちゃ良いお話ですね。。。今の小島さんのご活躍を聞いたら当時のお友達はみんな驚いてしまいますよね(笑)
※小島さんは『Forbes 30 Under 30 Asia 2021』に選出されています。(詳細:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000021.000052778.html

小島さん:そうですね、たまにやり取りしますが、選出された時はみんなから「あんな英語もできなかった俺らのりょーけんが!またカリフォルニア来なよ」と冗談まじりにお祝いの言葉ももらうことができて、本当に嬉しかったですね。(笑)

その後大学3年の夏に帰国してからは、周りは就活だーとなっていたのですが、就活する気が起きずに大学4年になった頃に休学を1年挟むことにしました。
休学していた時にやっていこととしては、教育系の学生団体の運営です。

受験生をサポートするような団体ではあったものの、成績を良くするとか資格を取るとか、そういうことが最重要ではなくて、人生を通して「学び」って様々あるじゃないですか。「もっと早くに知っておきたかった」というような。
そういったものを勉強する過程で教えるための団体を立ち上げて運営していました。

その後復学した年の9月くらいから、外資系コンサルティング会社のみ、特にマッキンゼーに狙いを定めて就活を開始しました。
マッキンゼーって組織として完成されていて、その組織構造とリーダーシップについてめちゃくちゃ学びたかったんです。
選考もなぜかスイスイッと通ってしまって、最後に待ち構えている4日間のジョブ選考が終わった後も、「よっしゃ、通った。おれはマッキンゼーに行くんだな。」と自信満々でした。
完全にデジャブですが、届いた不合格通知に「あれれ?」となりましたね。(笑)

インタビュアー:おもしろすぎますほんとに。(笑)でも多分ですが、お話聞いている限り「落ち込む」みたいな瞬間ってないですよね?

小島さん:そうですね、微塵も凹まなかったですね。(笑)ただマッキンゼーに落ちてしまったので、「もういいや、自分でやろう」ということで1社目の起業を4年次で行うことになりました。

その会社では、学生団体の経験も活かして、学生向けのキュレーションメディアをメインで作っていました。iemoやMERYが売却された時で、まさにキュレーションメディア全盛期のような時代でした。

ユーザー視点は全くなく自分のやりたい啓蒙要素が強すぎて、メディアとしてはまあ読まれませんよね。(笑)
その当時やりたかったこととしては、学生が「親」「先生」以外の面白い大人から学べる機会を作りたかったんです。
社会には面白い大人がたくさんいますが、高校生までに会える大人は大きくは親と先生のみ。親は選べず、先生はプロパーで教師の道を辿ってきているので、高校生までの間に社会は学べないなと思っていたんです。

ちなみにその当時も、Nateeと全く同じミッションを掲げていました。やりたいことや理念は全く変わっていないんです。
そのサービスは半年くらいで終了することになって、さすがにその時は凹みました。(笑)「俺、実際は何も出来ねえじゃん」と、絶望しちゃったんです。
友達にお願いしたり教えを請うために頭を下げたり、ということが全く出来なかったのが失敗した一番の理由だったと思います。今から振り返ると気持ち悪いプライドを持っていたなあと。成功の一番の敵はプライドです。

それからしばらくはめちゃめちゃ凹んでたんですけど、ただ、その失敗を早くに学習できたことは本当によかったなと心から思いますね。「自分は1人では何もできないんだ」というよく言われそうなことを、実体験として知ることができたので。大きく挫折するなら絶対早い方がいいじゃないですか。

インタビュアー:めちゃくちゃ濃いお話ですね。。。そこからNateeさんにはどう繋がったのですか?

小島さん:その当時、ビズリーチ(現VISIONAL)代表の南さんにお会いして「お前はサッカー選手になりたいのに裏庭で自主練をしているようなもんだ。まずはユースに入って修行しろよ」と喝を入れていただいて、ビズリーチに入ることになりました。
まさに今朝とかも夢に出てきてはっぱをかけられたんですよ!(笑)一番と言っていいほど非常に影響を受けた経営者です。

僕が評価する立場ではないですが、南さんの一番何が他の経営者と違うかと言えば、圧倒的に視座が高いです。本当にすごい。「時価総額100億円で上場する」とか、ある程度評価されるラインに到達すると、経営者個人としてはぶっちゃけもうそれ以上頑張るインセンティブはないじゃないですか。でも南さんはそもそもそんなところは目標ですらない、みたいな。最初から社員1万人みたいな会社になるって言ってましたから。話の参考として出てくる企業もいつもソニーや楽天などのGreat Companyでした。あの視座の高さは本当に衝撃を受けましたね。

ビズリーチ時代の小島さん。

ビズリーチでは2年と3ヶ月ほどエンジニアとして働きました。
ビジネス職ではなくエンジニア職として働いていた理由は、テクノロジーへの漠然とした憧れがあって、その仕組みや中身を理解していないとだめだな、と思っていたからです。

ただ、仕事はやりがいのあるものをお渡しいただいていたのですが、当時はとても苦しかったんです。
何かと言うと、サラリーマンをしていたら当たり前だと思うのですが、「ビズリーチのこの部署のこの肩書きの小島」として振る舞うことが多くなって、思考や生活もそっちにどんどん寄っていったことです。
人間は所属しているコミュニティに無意識に最適化をかけていくものだと考えていて、自分の中で整合性が取れずに「苦しいな」という気持ちが強くなっていきました。当時は成果は大したことないのに口は達者で、本当にご迷惑をおかけしていたなと反省しています。

たくさんのメンバーに囲まれて。

逃げるように辞めた後は、半年間ほどニート生活を送ることになりました。
特にやることもなかったので、長野でペンションを経営している知人のところにアルバイトしに行ったり、東北で地方創生に関わってみたり、島根県の海士町に行って副町長さんとお話ししたりとか、本当にいろんなことをしていましたね。

インタビュアー:ニートでもひたすらにアクションを取り続けていたことに、理念や価値観は全くぶれていないのだなと感じます。
そこからどうNatee創業に繋がったのですか?

小島さん:様々な理由があったのですが、「働かないでぷらぷらしているニートも楽しいけど、やっぱりガムシャラに働きたい」という気持ちが結局強かったので、気づいたら会社を作っちゃった、という感じでした。

事業領域は動画がいい、動画をやるなら次のトレンドとして明らかにショートムービー、特にTikTokがくることがわかっていたので、そのドメインにしましたね。
代理店にするのか、事務所にするのか、制作会社になるのかみたいなのは半年近くは悩みましたが、最後は自分のやりたいことに忠実になって、クリエイターマネジメントに決めました。

インタビュアー:なるほど。溜めに溜めたものを爆発させて、今の素晴らしい業績があると。ただ疑問なのが、なぜそんなにも折れずにアクションを取り続けることができるのでしょうか?明らかに”芯”のようなものがあると思っていまして。

小島さん:そうですね、これも別に良い話ではないのですが、もともと自分はメタ認知が強いタイプなので、メタに入ると「人間って、いずれ鉄になるよな」と思って虚しくなってしまうんです。

でも結局、空は青く、ご飯は美味しいし、努力した先に成果が返ってくると嬉しいもので。やっぱりどうせこの世に産まれたんなら人間として生き切らないと、ってそう思います。

そんな価値観のもと、Nateeは「人類をタレントに。」というミッションに共感した人がたくさん集まってきてくれているので、このミッションがより強固になっていくのかなと思っています。

Natee社の素敵なメンバー。

ただそれはクリエイターの領域だけではなくて、それこそ学生や社会人も同様なんですね。そういった方々もタレント、つまり個性と才能を発揮して生きる人たちにはなれるので、そのミッションに合致した事業を様々展開していきたいと考えています。

僕個人としては、「死ぬ時に何も持っていけない」という気持ちがすごく強くて、「自分の生命が終わりを迎える時に、”魂”を限りになく綺麗にしておきたい」と思っています。
哲学チックかもしれないのですが、資本主義で勝者になるだとかそういう目標は強くなくて、経営者として有名な稲盛さんの『生き方』じゃないですけど、自分の魂を洗練させたいという気持ちは強くあります。

メンバーもピュアな人ばかりなので、きっとNateeはミッション目掛けて素晴らしいメンバーがどんどん増えていきつつ、会社としてもどんどん成長していくのだと信じています。

【Natee社の求人情報】

Natee社では、「若い人こそ正しい、時代を創る」という考えのもと、学生か社会人かを問わず積極的に採用されています。
特に、ビジネスサイドで活躍されることを希望される20代、20代前半の方はぜひNatee社の門戸を叩いてみてください!
インターンから新卒入社のケースも、社員5人くらいの時期からあったそうなので、裁量や抜擢も非常に期待できるかと思います!

※詳しくはHPへ⇨https://natee.jp/recruiting/

【インタビューを終えて】

小島さんのあらゆる点で一貫したミッションに、本当の強さを感じました。ここまでミッションドリブンに人生を生き抜いている方に初めてお会いしたかもしれません。

嘘偽りのない言葉に、終始圧倒されてしまいました。
まだまだ聞き足りないことばかりですが、自分の人生において大事なものが何なのかを言語化したいなと強く思いました。

【”Zetty”について】

Zettyは「動画で楽しむソーシャルマッチングアプリ”mow”」による「Z世代の方向けの等身大メディア」です。
様々な領域で挑戦される方をインタビューしていき、1人でも多くの方に生き方の参考となる情報をお届けすることを目的に運営されています。

mowに関して気になる方は、ぜひ下記HPよりご覧ください。
https://vchuu.com/

mowのご利用方法
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事