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芸能活動を通じて理解した、「繋ぎ役」としての咲き所。

【今回の記事について】

今回インタビューさせていただいたのは、早稲田大学アイドルコピーダンスサークル夏目坂46創業者であり、フレッシュキャンパスコンテスト2019準グランプリの望月優夢さんです。

表舞台に立ちご活躍される望月さんが真に追求するものは何なのか…明らかにしました!

【記事本文】

インタビュアー:幼い頃からダンスを続けていらっしゃるそうですが、いくつからやられているのですか?

望月さん:3歳からです!その時期に母が様々な習い事の体験に行かせてくれたのですが、一番楽しそうにしていたのがダンスだったそうで、14歳まで同じダンススクールに通い続けました。

高校でもダンス部に所属していたのですが、実は高校選びもダンス部軸だったんです!中学生の時に複数の高校の文化祭を見に行き、一番キラキラしていたダンス部のある高校に入学しました。

インタビュアー:ええ、そうなのですね!モデル活動もやられていたと噂を伺ったことがあるのですが…

望月さん:誰から聞いたんですか〜!(笑)通っていたダンススクールが芸能事務所と併設していて、ディズニーシーのショーとパレードや紅白歌合戦でアーティストのバックダンサーとして出演することがあったんです。

周りが芸能やミュージカルをやっていたことや、自分自身もそういったパフォーマンスをすることが多く、流れで雑誌に出始めたという感じですね。そういう活動をしていたのは小学校5年生から中学校2年生くらいまでで、専属モデルとしてではなく読者モデルくらいの立ち位置でやっていたので、全然すごくはないです!(笑)

インタビュアー:いやいや、めちゃめちゃすごいですよ!早稲田大学に通われている望月さんは、中高生の時から成績も優秀だったのではないかとお見受けしています。勉強は元々得意だったのですか?

望月さん:そんなことないです!(笑)これも3歳の頃からなんですが、公文には小学校5年生まで通っていました。
母子家庭で塾にあまり行くようなお金の余裕がなかったのですが、小学校6年生で中学受験を一校だけ受けさせもらいました。塾の中でも特進クラスまでは進めたのですが、結果的には受験に失敗してしまって、無理して通わせてもらっていたのに無駄にしてしまったなあと。

中学生になってからは塾に通わず自力で勉強するようになりました。今で言う「スタディサプリ」を利用したり、BOOKOFFで安く売られている参考書を購入したりしてコスパ良く勉強し、高校受験も大学受験も推薦で合格しました。

インタビュアー:めちゃめちゃ努力家だ…!推薦で合格されたということは中高それぞれ3年間努力し続けられたのではないでしょうか。そのモチベーションはどのように保っていたのですか?

望月さん:そうだなぁ…母子家庭ということもあり、母に迷惑をかけたくないとか、それを理由に他の人に負けたくないという気持ちは強かったです。

あとは、母があまり勉強をしてこなかったそうで、「自分にできなかったことをしてほしい」とずっと言われてきたんですよね。中学校1年生の時から色々な高校の文化祭に連れていってもらい選択の幅を広げてもらいましたし、早稲田大学に行きたいと思ったきっかけも母の勧めでした。決して強制はされなかったのですが、選択肢を増やす体験をたくさんさせてもらっていたので、それが自然と頑張るきっかけになっていたのだと思います。

インタビュアー:習い事の件もそうですし、お母様の存在がとても大きいのですね!大学受験を終えて、どのようにして夏目坂46の立ち上げに至ったのですか?

望月さん:受験が終わった後大学のサークルを手当たり次第見に行ったのですが、どれもしっくりこなかったんですよね。
高校のダンス部ではキャプテンを務めていたのですが、引退間際の大事な時期に部活よりも勉強を優先してしまったんです。引退の日も、周りが皆泣いている中で1人だけ泣けなくて、負い目を感じていました。また、部活で一つ下の代の後輩たちが全国大会に行ったのですが、それがまるでシンデレラストーリーのような快進撃だったので、何もできなかった幹部としての無力さも痛感しました。

そういったダンス部時代の出来事をずっと後悔していて、大学では後悔することのないよう何かに挑戦したい、と思っていました。
ちょうどUNIDOL(女子大生のアイドルコピーサークルによる、ダンスフェスティバル)の存在を知った時に、その運営委員会の方に同じ話をしたんです。そうしたら、UNIDOLに出演するにあたっては表方と裏方どちらの経験も積めるし、0から1を作る体験をすることができるから、何かバネになるような挑戦になるはずだと背中を押していただきました。それが夏目坂46を創設する由縁です。

インタビュアー:なるほど…!夏目坂46を創設してから1回目の大会で全国大会まで進まれましたよね。その成功の秘訣みたいなものはありますか?

望月さん:良い意味で大会を理解していなかったからだと思います(笑)メンバーの誰も経験値がなかったので、それまでのスタンダードが分からず自分たちで新しいことを始めました。

例えば、従来は片手で持つタイプのダミーマイクを使用するのが主流だったのですが、「邪魔じゃない?」という意見が出て、粘土でヘッドセットタイプのマイクを作りました。また、披露した『シンクロニシティ』という楽曲ではスカートを綺麗に揃えて見せる演出が重要になるのですが、「スカートの端っこに輪っかを付けて指に付けちゃえ!」という発想をしました。
すると審査員の方たちから好評価をしていただけて、観客の会場票も稼ぐことができました。

インタビュアー:へぇ〜、それは面白い!大学に入ってすぐのタイミングでフレッシュキャンパスコンテストにも出場されていましたが、元々そういった活動に興味がおありだったのですか?

望月さん:ミスコンに元々興味があったわけではないんですよね!夏目坂46の知名度をあげることが目的で出場を決意しました。創設間もないグループだと、既にファンが多い既存のグループに得票数で勝つことができないんです。

インタビュアー:そこへ飛び込むことへの恐怖心などはありませんでしたか?

望月さん:そうですね、割と何でもやると決めたら挑戦するタイプなので!(笑)とりあえずやってみよう、くらいの軽い気持ちでした。

インタビュアー:かっこいい…。では、インフルエンサーを目指されていたわけではなかったということでしょうか?

望月さん:むしろ裏方とか、縁の下の力持ちみたいな立ち位置にいたいと思っているんですよね。それはダンススクールや夏目坂46、フレキャンの経験から段々と形成されていった感じではあるのですが。
自分が前に立たせていただく経験を何度かしていく中で、自分よりもレベルが高い人は世の中にたくさんいるなと実感してきたんです。例えばダンススクールでは、初級クラスから中級クラスに上がれたとしても、中級クラスに自分より上手い人がいるからセンターには立たせてもらえない、みたいな。

負けず嫌いな性格ではあるので、最初は前に行きたい、センターに行きたいといった気持ちが強かったのですが、やっていくうちに自分の役割を見つけたというか。端っこにいる人って、前にいる人よりも全体がよく見えるから細かい調整が重要だったりするのですが、そういう役割の方が自分には合ってるなと思うようになりました。

夏目坂46で振り付けを担当する時も、自分をセンターに置こうという気にはならなくて、「この子はこのタイミングでファンを釣るのが得意そうだからセンターを任せよう」といった具合に、プロデューサー視点に立つことが多いですね(笑)
端っこにいる経験と、自分が目立つ経験どちらもしているからこそ、私は私の適材適所を全うしたいです。

インタビュアー:意外でした!ダンス経験も、夏目坂46やフレキャンのご経験も現在の望月さんを象っているのですね。フレキャンで得たことなどがあれば教えてください。

望月さん:その通りですね!
フレキャンに出た当初は、本当に順位が低くて、最下位とかだったんですよ。(笑)どうした順位を上げられるかなと考えて、配信で差をつけようという発想に至りました。

色々な時間帯で配信を試したのですが、朝5~8時に配信するライバルがおらず、且つファンの方々も意外と起きていて見てくれるということがわかったんです。しかし、当時アルバイトしていた飲食店では夜中の2,3時までシフトが入っていることが多く、毎日1時間睡眠しかできないという状況でした。

苦しみながらも必死にやり続けた結果、準グランプリをいただくことができました。フレキャンを通して、私は苦労して夢を追いかけることがすごく好きだな、ということに気づかされました。
夏目坂46でも、メンバー内で揉めたりと大変なことはありますが、やはり何かを乗り越えた先に楽しいことが待っているのだと実感することが多いです。

大学2年生のタイミングでコロナが流行りだしてからは暇な時間が増えたので、余計にそれを感じることが多いですね。夢中になって追いかけることって幸せだなと。

インタビュアー:私も暇な時間が好きではなくて、忙しい方が性に合うなと思う人間です。(笑)コロナ禍で何か新たに挑戦されたことはありますか?

望月さん:2年生の9月からアナウンススクールに通いだしました!通うようになってから、将来についてちゃんと考えることが増えましたね。
「自分はアナウンサーになって何がしたいのか」を言語化したり、「それはアナウンサー以外ではできないのか」と思考するようになりました。

あとは、witという早稲田の起業サークルにも所属し始めたのですが、新しい界隈に入って様々な価値観の人の話を聞く機会が増えたりもして、実際にサービスを作る側のアツい想いを聞くことが楽しいと感じていました。そのような環境下で自分のやりたいことが明確になっていきましたね。

先程もお話ししたように、私は中高生の時に勉強サービスに助けられた経験があります。その勉強サービスを知ったきっかけがニュース番組やテレビCMだったのですが、そういう偶然的な出会いによって私は助けられただけであって、世の中の優れたサービスを知らずに過ごしている人ってたくさんいると思うんですよね。
だから私は、まだ見つかっていないサービスを人々に提供するサービス含むコト・モノを人々に伝えることを手助けするお仕事をしたいと考えています。アナウンサーもその一つですし、アナウンサー以外でも実現する事と思うので、就活はテレビ、広告業界をはじめベンチャー企業に絞って行っています。

インタビュアー:さすが、アクティブですね!ちなみにアナウンサーを意識するようになったのはいつ頃からだったのですか?

望月さん:最初のきっかけはフレキャンですね!出場後に『ヒット商品研究所』という番組に出演させていただいたのですが、コンビニ商品を紹介するコーナーがあったんです。
初めてのテレビ出演にコンビニの店員さんがガチガチに緊張してしまっていて、商品紹介も棒読みになってしまっていたのを見て、素人ながらに「まずいのでは?」と感じたんです。
そこで私が冗談を言ってみたら、店員さんが笑ってくださって、やっと緊張がほぐれたみたいで。その時に、これがアナウンサーの「繋ぎ役」としてのプロの仕事か!と気づいたんです。人と人を繋いだり、人とサービスを繋いだりすることに憧れを抱くようになりました。

ダンスをしている時も、時々ダンサー同士で目が合って笑顔がこぼれる瞬間があるじゃないですか。そういった人と人が繋がる瞬間がすごく好きですし、人の話を聞くのも好きなので、インタビューなどが仕事としてできたらなと思っています。

インタビュアー:とても素敵ですね!最後に、将来こういう自分でありたい、といった理想像があれば教えてください。

望月さん:そうだな、自分自身が挑戦し続けられる環境に身を置いていたいですね。刺激をもらえる人が周りにいる環境で、常に新しいことにチャレンジしていきたいです!

【インタビューを終えて】

望月さんのご活躍は前々から拝見していましたが、何を目指されいるのか、なぜ始めたのか、というところを初めて知ることができ、その原動力がとても素敵だと感じました。そして挑戦した領域でしっかりと結果を残されていることが尊敬できます。

今後はどの領域で輝かれるのでしょうか。乞うご期待です!

【”Zetty”について】

Zettyは「動画で楽しむソーシャルマッチングアプリ”mow”」による「Z世代の方向けの等身大メディア」です。
様々な領域で挑戦される方をインタビューしていき、1人でも多くの方に生き方の参考となる情報をお届けすることを目的に運営されています。

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